ぽい笑みを浮


「あぶない、あぶない」と言うのが口癖だった。
その言葉には、「そんな言いまわしで私を陥れようとしても、ノせられませんよ」
という意味を含んでいた。

女とは、福田和子のこと。
1982年に、同僚だったホステス(当時31歳)の首を絞めて殺害し、
世に「松山ホステス殺害事件」として知られる犯人。
その福田和子が逮捕されるまでに、
事件発生から、なんと十四年と十一カ月十日を要した。
そして、公訴時効成立まで、わずか11時間前の起訴となる劇的な終結となった、
当時、かなりの注目を浴びた事件だった。

福田は、日本全国を転々とする15年近い潜伏生活の中で、
単に逃げてばかりいたのではなく、
石川県の和菓子屋の主人に見初められ後家におさまっている。
接客が上手な所から評判を呼び、その和菓子屋はたちまち繁盛店になっていく。
ところが、それが災いして素性がバレ、逮捕劇になるところをあと一歩の所で察知し、
着の身着のままで自転車で逃走する。
その後、料理店などで働きながら潜伏を続けていた。

時効成立の間近になった時にしきりとワイドショーなどで特集され、
その影響から「もしや?」と福田を怪しんだ人が、巧みな質問を浴びせかける。
ところが、それを巧みな話術ではぐらかしたり、うまく躱(かわ)していた。
そんな逃走劇も、ビール瓶から採取された指紋が決め手となり、
ついに福田は逮捕さることになる。

福田に限らず、身構えている人にとって、意図のある質問や巧妙な誘導尋問には、
巧みに嗅ぎ分ける術(すべ)を持っているもののようだ。
特にジャーナリストと呼ばれている人たちは、
質問をする側に立ったり、質問を受ける立場に立つことが多くあり、
その辺の嗅覚は、人並み以上のところがある。

現都知事である猪瀬直樹氏は、ジャーナリストであり作家でもある人物。
この辺の「丁々発止(ちょうちょうはっし)」は、
お手のモノのはずだったが、
ニューヨークタイムズの記者とのやり取りで「失言」。
一大ニュースとなり、世界を駆け巡り、東京の五輪開催が危ぶまれている。

「問うに落ちず、語るに落ちる」ということわざがある。
手厳しい尋問に対しては、たくみに躱すことは出来るが、
自分が調子に乗って持論などを語る時に、
つい揚げ足を取られる言葉を発するものという意味。
油断大敵。「あぶない、あぶない」
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